メニュー

投稿日:2024年02月15日

テーマ: 国語

中学入試によく出た「名著の名所ツアー」

「日日是学日!」(⇒ 日々、これ学び!)」

 

受験Dr.の松西です。塾では新学年が始まりましたね。
学年が上がる季節、国語を担当する者として近年ささやかれる「本ばなれ」、とてもさみしいです…
読書は読解力鍛錬の王道。もちろん、読書習慣の少ない生徒も成績を向上させる自信はあります。
しかし、たとえば私立中学入学後、「恵まれた図書室の蔵書」に触れるか触れないかは
そもそもの「読書習慣の有無」が大きく影響します。もちろん、学年相応の読解力にも影響大。

 

そこでこの機に「中学受験するなら読んでほしい、おすすめ作品」をご紹介しますので、
ぜひ読書のきっかけにしていただきたいです。有名どころで恐縮ですが、今回は
「稲垣栄洋(いながきひでひろ)」さんの「はずれ者が進化をつくる」をご紹介します。
選んだその一番の理由は何といっても「入試国語の出典採用実績の多さ」です。例を挙げますと…

 

はずれ者が進化をつくる

 

他の書籍の入試出典数も調べている身としては、圧巻の出題数と言わざるを得ません。
今回はこの本を通じて稲垣さんの本の魅力に迫りつつ、入試国語にからめた情報をお届けします。
題して「名著名所ツアー!」

 

 

ツアー1ヵ所目は「はずれ者が進化をつくる」、「鷗友学園」「筑波附属」での出題箇所です。
ページ数は前掲の出版社準拠で、「二時間目」という表記は本書独自の章タイトルの呼称です。
タイトルは「ふつう」とは何か?

 

名著の名所ツアー

名著の名所ツアー

 

ここで稲垣さんは「正規分布(せいきぶんぷ)」について触れます。小学生向けに説明しますと、
自然界の統計データはおおよそ中央の数値が平均値となりボリュームゾーンになりやすい。
その傾向を指した言葉で、形がベルに似ていることから「ベルカーブ」ともいわれます。
「同じ学年の身長、体重」「学校や塾の成績(とくに偏差値)」など、身の周りをふり返っても
覚えがあるのではないでしょうか。

 

そして人間の脳は「物事を、単純化・平均化して理解したがる」傾向があるのだそうです。
たしかにスーパーの野菜売り場に行けば、キュウリもトマトもだいたい同じ大きさのものだとなんとなく安心します。「ふつうは、これくらい」というイメージでとらえたがるのも、人間に無意識のうちにそなわった習性なのかもしれません。大人になればなるほど、実感します。

 

名著の名所ツアー2

名著の名所ツアー2

 

ところが自然界は複雑で多様であることを好みます。とくに生存競争にさらされている動植物は
他の生きものと異なる環境や食料を選び、「特殊な存在」になることで生きのびてきた。
これが自然界の『ふつう』です。

 

名著の名所ツアー3

名著の名所ツアー3

 

稲垣さんの文章をお借りしつつ、受験に臨むみなさんに「このとらえ方が『相対化』なんだよ」とお伝えしたい。「絶対」「相対」は新小6であれば覚えてほしい対義語です。

 

・人間の持つ「ふつう」の感覚 …①
・動植物から見た「ふつう」 …➁

 

①しか持たない人にとり「ふつう」は絶対的なものだけど、➁という「ふつう」もあるんだなと
理解できた人にとって、①は「二つの『ふつう』のうちの一つ」に過ぎなくなる。つまり相対的になります。環境が変われば「ふつう」も変わる。海外旅行の経験がある人ならピンときますね。
この本では「他と同じことをしていては生存競争に勝てないから、同質よりも異質を目指すのが動植物たちの『ふつう』である」と紹介し、人間の「ふつう」を相対化しています。
日常生活でも、相対的な視点を持つことは大人の思考への第一歩です。

 

「~自分が正しいと思うことは、数ある考えの一つに過ぎないのかもしれない~」

 

だからこそ人と人には対話が必要になるのです。実質は別の人と人なのに、うわべだけ同調するふりをしていては、いつか関係性に無理が生じます。でもそれはおかしなことではありません。
自分の目線が高くなるにつれ世界の広さ・複雑さが見渡せるようになり「絶対的なもの」は徐々に
減ってゆく。それを『成長』と呼ぶのではないでしょうか。「人は人、自分は自分。それは相手に
とっても同じ」という『違いを前提とした関係性の構築』に欠かせないのが、対話です。

 

 

ツアー2ヵ所目は「桜蔭」「四天王寺」、東西で人気の女子校から出題された場面です。

 

名著の名所ツアー4

名著の名所ツアー4

 

動物と人間社会の違いを対比しつつ、「どう生きるのか」という哲学的な問いかけにまとめる
場面で、まさに「出題者(つまり学校の先生)が好みそうな」論展開です。まず動植物について論じ、次に人間社会について論じる。そのあとに主題が語られる。

 

名著の名所ツアー5

名著の名所ツアー5

 

本慣れしていない生徒に多いのが、苦手意識からか必死に内容を順に覚えようとすることです。
上手に読む生徒は焦らず、情報を整理しながら読んで「あぁ、大事なのはここだろうな」という
ポイントまで我慢することができる印象です。ゆえに筆者の意見をしっかりつかめます。
国語が苦手な生徒は、「頭の中が情報であふれかえっていて、どれが大事かわからない状態」に
なっているのではないでしょうか。

 

参考に、桜蔭の問題を簡略化して引用します。

 

(問)本文中の「モモンガ」はどのようなことを説明するための例としてあげられていますか。

 

国語の苦手な生徒は、傍線部の近くの言葉や「モモンガ」と関係しそうな言葉…「滑空ができると気づく」「木に登るのが苦手」などを解答に織り込む、と予想します。国語の得意な生徒であれば「あぁ、この聞き方は、モモンガの例を通じて筆者が述べようとしている点をまとめるのだな」と察し、傍線部からスッと離れて必要な場所まで軽やかにジャンプします。
これは決してセンスの問題ではありません。むしろ中学に入って必要になる能力だと私は考えています。だからこそ各学校の先生方は腕によりをかけ作った国語の問いを受験生に課すのです。

 

 

そろそろ、まとめます。

自然科学系の読書が不足気味のお子様に本書をおすすめします。文体もやわらかく各章も短く難解な用語の使用を避けていながらも、動植物への知的探求心をくすぐる内容です。

私が稲垣さんの著書に初めて出会ったのは国語の出典研究ではなく、本屋で平置きになっていた「働きアリの2割はサボっている(2008年)」という本でした。キャッチ―で面白そうなタイトルに惹かれ、思わず手に取ったのを覚えています。稲垣さんの語りから、生物学への興味が広がることもあることでしょう。

また、比喩表現が大変たくみな方で、なおかつ博識です。動植物の話からすぐ別の話に飛んで、気がつけばきちんと元の話題に戻ってきている。比喩表現が多いということは「設問が作りやすい」という見方もできます。「同じことを述べている部分を探しなさい」などの抜き出しや、ツアー2で引用した桜蔭の問題のように「少し離れた場所にあるまとめ」を探させる問題に繋げやすいですね。受験生としては「長めの比喩が多い上手な文章」を読みこなせる力を身に付けてほしいと思います。

最後に、稲垣さんの著作は多いですが「中学入試に向くもの」となると限られます。逆に言えば「はずれ者が進化をつくる」は多くの中学が採用した「作題の先生方が好む魅力」が詰まった文章。その意味でプラスの実績が積み重なった、言わば『中受国語・最新の古典』の一つと言えます。
「読書という学び」にアクセスする習慣、その扉を開くカギがこの一冊になれば幸いです。

 

「名著の名所」ツアー・旅のしおり

国語ドクター