「日日是学日!」(⇒ 日々、これ学び!)」
受験Dr.の松西です。10月になりました。首都圏の東京・神奈川をメインにする塾であれば、
今月下旬には毎年の恒例「受験まで100日」の掲示もはじまることでしょう。
身の引き締まる思いですね。と、同時に「もう小学6年生には読書を勧めている場合ではないな」
とも思います。入試に向けてやる内容を絞るべき時期です。
よって、今回の「名著で名所」のお勧めは「小5以下の学年向け」とお考えください。
少しだけ読解のポイントにも触れますので、そこまでは小6生にも読んでもらえるとうれしいです。
今回の名著は「物語文」です。どちらかというと説明文よりも物語文の方が苦手だという
自己分析ができているなら、読書経験を早い段階から積んでおくことを強く勧めます。
頭の中に登場人物のキャラクターがすいすい入ってくる状態でテストに臨むことが大事です。
さて、下に挙げるのは「入試によく出た物語文」を、ある共通項目でくくったものです。
どんな共通点があると思いますか?
いずれも入試国語(ということは塾教材にも)頻出の文章です。
これらはすべて「学校もの」であると同時に「群像劇」でもあるんですね。
「学校群像劇」とでもいいましょうか。その特色を簡単に言うなら…
物語中で描かれる「出来事」を登場人物が共有し、それが次の章、そのまた次の章でも継承される。
もしくは「A君から見た『出来事』をBさんの視点から描く」ということを章ごとにやる形式です。
その中心となる舞台が「学校」である点がポイントです。
単に「群像劇」であるなら、中学入試で著名な、寺地はるなさんの「水を縫う」も章ごとに
主人公が変わりますし、あさのあつこさんや重松清さんといった中学入試国語のレジェンド達も
作品を執筆されています。
「学校群像劇」と名付けたくなる要素を語る上で「クラスメイツ」の登場が個人的にはエポックメイキングであったと思います。この作品、なんと「クラスメイト24名全員」を主人公にしています。
したがって文章量も多く上下巻に分かれる、「みんな違って、みんないい」を地で行く大作です。
この作品以降は先ほど図式化した「学校群像劇」的色合いを持つ作品が増えたと感じています。
今年話題になった「君の話を聞かせてくれよ」では「はじめに生徒一人一人のイラスト付きで
生徒紹介をしている」念の入りよう。このジャンルの描き方としては正当進化だと思います。
「主人公は一人ではないが、この物語にはただの一人も欠かせない」という意図の表れですね。
学校というなじみの舞台で多様な主人公が描かれるため、中学入試の素材文に人気の学校群像劇。
多彩な主人公たちの中でも「入試に選ばれる主人公のタイプ」には一定の傾向があります。
それは「主体的な生き方がうまくできず、悩んでいる」ということ。ここが読解のポイント。
小、中学生であれば「誰かと比べて劣等感を持つ」「子供っぽい自分がいやになる」「背が低いことがコンプレックス」「異性を気にしてしまう」「仲良しグループに遠慮してしまい、流される自分がキライ」などなど。高校生になれば「進路」「将来」などが加わります。
「この学校はなぜ入試にこのページを選んだのだろう?」とふり返った時、例外はあるものの
上記の特徴に集約されるのではないか、と私は考えます。
ここから先は「読書を重ねて物語読解力をきたえてほしい小学六年生夏期までの生徒」向けの話に
なります。さきほどの表から一作品を選んで「ぜひ読んでほしい一冊」としてご紹介します。
今回は「君たちは今が世界」を扱います。※紙面の都合上、省略してお届けします。
はっきり言うと「難関私立向け」です。他の作品が、本屋さんの児童書コーナーにあるとすれば、
本書は大人向け文芸書棚におかれています。表紙帯には「開成をはじめ、難関中学入試に出題」というキラーワード。読後感は、「ちょっと言葉にならない感情が残る」という印象。
学級崩壊を扱っているため、雰囲気がやや重いんですね。
舞台となる学校、その6年3組では、とある事件で先生が休職し、代わりの先生が来て、そのあとも事件が起きる。その時間の流れを、章ごとに主人公を変えながら描いています。他の学校群像劇もこのように時間経過が章をまたいで描かれることが多いです。全4章で主人公は4人。
第2章は海城中学(20年)で出題されました。章タイトルの「こんなものは、全部通りすぎる」は
主人公:杏美(あずみ)の口ぐせ。「この小学生という下らない時間も今だけだ」と達観しています。
塾に通い中学受験をする杏美にとって、『今』のクラスは「あと少し我慢すればいいだけの場所」。
それだけ嫌悪する原因は様々ですが、大きな要素が幼なじみでもある「前田香奈枝」の存在です。
さきに第4章「泣かない子ども」に触れますと、華やかでクラスの中心的存在である「前田香奈枝」にあこがれを抱く見村めぐ美は、その親友のポジションを守りたいがため、クラスでは前田香奈枝の
言いなりに動かざるをえない立場にあります。形だけの「親友」ですね。
いっぽうで川島杏美は、幼い頃ずっと一緒だった香奈枝が、成長につれて自分勝手で思いやりに
欠ける、押しの強い性分を発揮し始めるにつれ、今ではもっとも疎(うと)ましい存在になります。
小5から香奈枝と再び同じクラスになった杏美の「名簿を見た途端、不安に包まれた」という独白。この感覚、小学生男子にわかるんでしょうかね…
この両者ともに「教室内で主体的に生きられない」主人公像です。
記述オンリーの開成・選択肢主体の海城で、作題に選ぶ箇所が異なる点が興味深いです。
頭がよく分析力も高い杏美の内面を描くこの章の文体は、他章の子どもっぽさがなく選択肢向けかも
しれません(朝比奈あすかさんはそこまで描き分けしています)。
先ほどから出てくる「前田香奈枝」は第3章にも登場します。「先生が休職する事件」も香奈枝が
裏で糸を引いており、そのキャラクターは「クラスの女王」です。スクールカーストの頂点に
立って「時には主人公たちよりも生き生きと、クラスを支配する」存在です。そんな彼女を含め
「君たちは『今』が世界(すべて)」と冠したタイトルが刺激的です。おそらく『今』という時間には『教室という空間』をも含むのでしょう。教室という空間で今を生きる。かなり重いテーマです。
もう一つ。これは朝比奈あすかさんのこだわりかもしれませんが、「教室」を舞台にしていながら、どの章も(文庫版で2編、追加されましたがそれらも含めて)「家庭を必ず描いて」います。
教室での彼ら、彼女らの人物と、家庭、とくに母親との関係性を細密に描くことで人物像を深く
掘り下げる狙いがあるのでしょう。こういう読み取りができると物語文が好きになると思いますよ。
この本の話をすると長くなりそうなのでここまでにします(あらすじは最小限に留めたつもりです)。
「男子中学校ほど、女子が主人公の物語を選びがち」とは、分析すればすぐに分かること。
いま現在小学5年生の男子諸君、「本、少しも読まないよ!」というのは自慢にもなりません。
むしろかなり致命的な「準備不足」が進行していると考えましょう。小5の間に読む一冊の候補に「上記リストの学校群像劇」作品を加えていただけると、紹介した甲斐があったというものです。
今回、どの作品を選ぶかは悩みました。ネームバリューがピカイチの「給食アンサンブル」か、
2024年「透明なルール」が発刊された佐藤いつ子さんの作品か…それらの作品もまた扱うとして、
「蒔(ま)かぬ種は生えぬ」のことわざ通り、物語読解力向上は「ある程度の読書経験」なしには
難しいですよ。挑戦するあなたも「学校群像劇」の主人公です。種まくつもりで明日から早速…
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